13 ー 大規模な廃棄物問題も引き起こした原発事故

加美町が保有する放牧場を造成して用意いた牧草ロールの集積場。周辺に人家がないことから、この場所が選ばれたという。あくまでも「仮」であり、先の見通しは立っていない。



規制値を超えた飼料作物が行き場を失う


 東京電力(株)福島第一原発の事故によって、大量の放射性物質が原発敷地外へ拡散された。複数の原子炉から放出された放射性物質は北西からの季節風によって大半が太平洋上へ降り注ぎ、大量の海水によって希釈されている。しかし一部は風や雲とともに移動。雨や雪に混ざって地上へ降り注ぎ、大地を汚した。その影響は事故から3年を迎える現在も深刻だ。東京電力によると、事故があった2011年3月中に大気中へ放出された放射性物質は90万テラベクレルだという。1テラは1兆を表す単位と説明されても、その数の巨大さに思考がかすみそうになる。ゼロが果てしなく並ぶ数値は実感を伴わず、現実を映す鏡とはなりにくい。

 読売新聞社が放射性物質に汚染された飼料牧草の保管量を各自治体に問い合わせたところ、2012年9月13日の記事掲載時点で宮城県が最も多い2万8,000t。次いで栃木県の1万5,000t、岩手県の1万2,500tが続く。牧草地を含む土地が広範囲に汚染されてしまった福島県は収穫作業が見送られた影響もあり、2.880tとなっている。飼料用稲わらを含めると原発事故から2年半後の時点で、東北や関東の10道県で約6万8,000tの処分が進んでおらず、その対応は現在も自治体や農家任せになっているのが実情だ。

 政府は原発事故からの1年間は暫定基準値として、家畜飼料に含まれる放射性物質の規制量を1kgあたり300ベクレルに設定。その後、同100ベクレルへと見直し現在に至っている。基準値以下であれば国は飼料として使用することを禁止していないが、岩手県と宮城県は現在1kgあたり50ベクレルという自主規制値を設け、福島県内の酪農団体はさらに厳しい30ベクレルという規制値を県下の酪農家に課している。これら規制値を越えた飼料作物が行き場を失って溜まっているのだ。そしてその対応は自治体によってさまざまなのだ。

加美町が設けた一時集積場を利用する農家。山間部にある仮置き場は町が管理するが、運搬は各農家が自ら行わなければいけない。「1日に2度くらいしか運べない」と、遠方からやってきた町民が嘆いていた。



除染は有効な対処方だが万能ではない


 国は飼料として使えなくなった牧草等に対して、1kgあたり8,000ベクレル以下であれば一般廃棄物と同じように埋却や焼却処理、ほ場へすき込むなどの還元処理を認めている。しかし実際には焼却施設の規模や処理能力の問題、周辺住民の合意形成の難しさなどもあり、現在も処分できずに放置されているのが実情である。8,000ベクレルを越えた飼料は指定廃棄物扱いとなるが、これも現状では各自治体任せとなっている。焼却炉で濃縮され、8,000ベクレルを超えた焼却灰の処分方法も宙に浮いた状態のまま進展していない。指定廃棄物は国が責任を持って処理しなければいけないにも関わらず、である。

 収穫物が規制値を超えた耕作地でも、除染を実施したことで再び給餌可能な飼料が収穫できるようになった農地がある。一方で、除染を行っても農作物から検出される放射性物質が規制値以下にならないところもある。除染は有効な対処法のひとつではあるが、万能ではない。土壌の成分や地質、汚染の度合い、除染作業の内容によって結果は左右される。また高濃度の放射性物質に汚染された土地では、除染そのものを疑問視する人も少なくはない。

 除染は地上1mの高さで毎時0.23マイクロシーベルト以上計測される土地が対象となる。環境省が定めたこの数値は農地や住宅を問わず除染実施計画すべてに共通する"物差し"であり、年間の追加実効線量1ミリシーベルト(1,000マイクロシーベルト)が算出の根拠になっている。旧警戒区域に指定された自治体の除染は国が主体となって行い、その他は各自治体に任されている。表土をはぎ取る除染方法の場合、はぎ取った土は除染廃棄物として処理することとなり、新たな置き場が必要とされる。原発事故は大規模な廃棄物問題をも引き起こしたのだ。

和牛農家や酪農家も町から日当を支給され、作業に参加していた。



なぜこんな作業をしなければいけないのか


 そんな手詰まりな状況の中、宮城県加美町は県内の自治体として初めて放射性物質に汚染された牧草ロールの一時集積保管を決断している。2012年11月下旬、集積場となった加美町の町有放牧地を訪ね、町の担当者に話を聞いた。

 平たんに造成されたばかりの町有放牧地。みぞれ混じりの雨のため田んぼのようにぬかるんだ集積場で、臨時作業員として働く酪農家の男性が牧草ロールを置くためのブルーシートを広げていた。奥羽山脈を越えて吹き降りてくる強風のため、ブルーシートが何度か空を舞い、作業ははめ目からも困難そうだった。手はかじかみ、吐く息は白く、吹きさらしの中で作業をする男性らの表情は険しい。男性たちから少し離れた場所では数台のホイールローダーが忙しなく動き回り、農家から持ち込まれた牧草ロールを次々と降ろしていた。ブルーシートの上には牧草ロールが2段重ねで積まれ、あっという間に置き場がなくなっていく。そのたびに男性は風と闘いながらブルーシートを広げ、牧草ロールの山は見ているそばから次々と築かれていった。搬入作業は始まったばかりなのに、既に大量の牧草ロールが運び込まれていた。ひと山の面積は5m×20m。それが数mの間隔を保ちながら幾十も並んでいた。

 一時保管場となった放牧地は山形県境に近い山間部にあり、周囲5km以内に人家はない。放牧場へと続く道は冬期の除雪が行われないため、取材時点では雪解けを待って受け入れが再開されるとのことだった。加美町だけで一時保管の対象となった飼料は当初試算でひとロールを120kgにすると2,160t、1万8,000個に上る。一自治体が抱えるには負担が大きい量といえる。

 作業をしていた酪農家の男性は朝の搾乳を終えると、夕方までここで作業を行い、帰宅後に再び牛舎へ入るという。作業はボランティアではなく、町から支給される日当を得ている。

「なんでこんなことをするのか理解できなくなるときがある。自分たちは何も悪くない。それなのに余計な手間をかけて、なぜこんな作業をしなければいけないのか。一時集積をするにあたって反対の声があったのは知ってます。安全と言われても、誰だって不安に思いますよ。でも個々の農家のことを考えたら仕方ない。置き場がないんですから」

 加美町は一時集積保管を決断した理由に「風評被害の発生防止」を挙げている。牧草ロール自体が発する放射線量はほとんどないに等しいが"汚染"というレッテルが貼られたものを人の目から遠ざけることで、根拠のない新たな風評被害を防止するための処置だという。さらに町議会や農家からも限られたスペースを占有し続ける牧草ロールの受け入れを強く要望されたことも大きかった、と担当者は説明する。焼却処分をするにしても加美町を含め1市4町で一般廃棄物を共同利用している現状では施設の処理量に限界があり、牧草ロールを新たに燃やす余裕はないとのことだった。

 加美町は一時集積保管を決断するに当たって事前に町民説明会を実施。説明会では置き場に近い地域を中心に、不安に思う感情から反対の声がなかったわけではないという。当初は受け入れに賛成を示し事業はうまくいくと思えたが、事業開始の翌年からは新たな受け入れを中断せざるを得ない状態という。担当者は「総論では賛成してくれるが、自分の地域の話となると理解を得るのが困難」と、廃棄物処理の難しさに頭を悩ませている。

 町が受け入れ管理している牧草ロールは1kg当たりに含まれる放射性物質が8,000ベクレル以下のもので、平均すると800ベクレルだという。原発事故後、新たに設けられた基準では1kgあたり8000ベクレル以下の汚染物は一般廃棄物として扱えるため、仮置き場を設置するための法律的な制限はない。しかし町は放射性物質に汚染されたものを集約することの住民不安に配慮して、定期的に河川の下流などで放射性物質の検査を実施し、結果をホームページなどで公開している。さらに昨年からはより環境に配慮するため、これまで受け入れた牧草ロールを特殊なフレコンバックに詰め直す事業を始めている。この事業は臭いを防ぎ、防水性を高めることが目的で、2013年末の段階で受け入れ分のおよそ3/5に当たる3,000個が終了。残りは本年度中に終わらせる予定だが、これまでの検査では問題となる数値は検出されていない。

(続く)


*年齢は当時(記事執筆は2014年1月)